第2回|mTORとAMPK ― 体はいつ成長を止めるのか

第2回|mTORとAMPK ― 体はいつ成長を止めるのか

前回は、断食による体重減少の正体が「脂肪燃焼」ではなく、 水分・筋肉を含む分解現象の集合体であることを整理しました。

第2回ではさらに一段深く踏み込み、 なぜ断食中の体は「作らない」「回復しない」のかを 分子レベルの制御機構から解説します。


体の状態は2つのスイッチで決まっている

人の体は常に、次の2つのシグナル経路のバランスによって制御されています。

  • mTOR:合成・回復・成長を司るスイッチ
  • AMPK:省エネ・生存を優先するスイッチ

重要なのは、この2つが同時に最大化されることはないという点です。


mTORとは何か ―「作っていい」という許可証

mTOR(mechanistic Target Of Rapamycin)は、 体に対して次のような指令を出します。

  • 筋タンパク質を合成せよ
  • 細胞を修復せよ
  • エネルギーを使って成長せよ

mTORが活性化する条件は明確です。

  • 十分なエネルギー
  • 十分なアミノ酸(特にロイシン)
  • インスリンなどの成長シグナル

つまりmTORは、「今は作っても大丈夫だ」という 環境が整ったときにのみONになります。


AMPKとは何か ―「生き残れ」という非常モード

一方、AMPK(AMP-activated protein kinase)は、 体内エネルギーが不足したときに作動します。

AMPKがONになると、体は次のように振る舞います。

  • 合成を止める
  • エネルギー消費を抑える
  • 利用可能な物を分解して使う

これは脂肪燃焼というより、 「非常時の生存戦略」です。


断食中に起きている本当のスイッチ切り替え

断食中、体内では次の変化が同時に起きます。

  • 血糖・インスリン低下
  • アミノ酸供給の停止
  • ATP(細胞エネルギー)の不足

この条件下で起きるのは、

  • mTOR:OFF
  • AMPK:ON

つまり断食とは、 体を「作らない」「回復しない」状態に意図的に追い込む行為です。


なぜ断食は筋肥大に不利なのか

筋肥大に必要なのは、

  • mTORの活性化
  • 十分なアミノ酸
  • 回復のためのエネルギー

断食はこれらすべてを同時に遮断します。

さらにAMPKが優位になることで、

  • 筋タンパク質合成の抑制
  • 筋肉の分解促進

が起きやすくなります。

これは「脂肪だけが燃える」状態ではなく、 筋肉も含めて“使える物を削る”状態です。


代謝が落ちる理由もここにある

断食後に「代謝が落ちた」「太りやすくなった」と感じる理由も、 このスイッチ構造で説明できます。

AMPK優位な状態が続くと、体は

  • エネルギー消費を減らす
  • 筋肉量を維持しない

結果として、 消費カロリーそのものが下がる方向へ適応します。


次回への橋渡し

ここまでで重要なのは、

断食=脂肪燃焼ではなく 「mTORを止め、AMPKを最大化する行為」

だという点です。

次回は、この流れの中でしばしば誤解される 「アナボリックホルモン=インスリンだけ」という神話を解体し、 体を作るホルモン環境の全体像を整理します。

断食と筋肥大における「体内スイッチ」の比較

項目断食(Fasting)筋肥大(Hypertrophy)
mTOROFFON
AMPKON抑制
主な目的生存・省エネ成長・回復
エネルギー状態不足十分
アミノ酸供給ほぼ無し十分
インスリン低い適度に上昇
筋タンパク質合成抑制活性化
筋タンパク質分解促進抑制
体重変化短期的に減少しやすい緩やかに増加
体組成への影響筋肉喪失リスクあり筋量増加・体脂肪管理
代謝への影響低下しやすい維持・向上
向いている目的短期的体重減少・宗教的断食筋肥大・長期的体組成改善

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