第3回では、 「カタボリック=悪」という単純な理解が誤りであり、 問題は制御を失ったカタボリックであることを整理しました。
この補足ではさらに一歩踏み込み、 筋肉が実際に“削られる”とき、細胞内で何が起きているのか その最終実行機構を解説します。
筋分解は勝手に起きているわけではない
まず重要な事実があります。
筋肉は、空腹だからといって 自動的に溶けて消えるわけではありません。
筋分解には、
- 分解してよいという判断
- 分解対象の選別
- 実際の分解作業
という段階的プロセスが存在します。
ユビキチン–プロテアソーム系は、 このうち「実際の分解作業」を担当する装置です。
ユビキチン–プロテアソーム系とは何か
ユビキチン–プロテアソーム系(Ubiquitin–Proteasome System, UPS)は、 細胞内タンパク質を選択的に分解する仕組みです。
流れはシンプルです。
- 分解対象のタンパク質に「ユビキチン」が付与される
- ユビキチンが付いたタンパク質がプロテアソームに運ばれる
- プロテアソームがタンパク質をペプチドに分解する
これは無差別破壊ではなく、 タグ付き選別破壊です。
筋肉では何が分解対象になるのか
筋肉細胞において、UPSの主なターゲットは、
- 不要・損傷した筋タンパク質
- 構造維持が困難になった筋原線維タンパク質
通常であれば、 これらはトレーニング後の修復過程で 更新対象として処理されます。
しかし条件が変わると、 「更新」ではなく「回収」へと役割が変わります。
「分解せよ」という指令はどこから来るのか
UPS自体は意思を持ちません。
分解を指示するのは、 上流のシグナルです。
- mTOR低下
- AMPK優位
- インスリン低下
- グルココルチコイド(コルチゾール)上昇
これらが揃うと、 筋肉では
「保持する理由がない」 →「分解して使え」
という判断が下されます。
断食とUPSの相性が悪い理由
断食中は、
- エネルギー不足
- アミノ酸不足
- 回復シグナル欠如
という状態が続きます。
この環境では、
- mTORは抑制されたまま
- AMPKは活性化
となり、 UPSは「使われ続ける側」になります。
つまり断食は、 筋分解の実行装置を止めない環境なのです。
UPSは敵ではない
ここで重要な視点があります。
ユビキチン–プロテアソーム系そのものは、 筋肉破壊装置ではありません。
それは、
- 適切な更新
- 品質管理
- 細胞の健全性維持
のために必須の仕組みです。
問題は、 「止めるべきときに止まらない環境」です。
筋肉を守るとはどういうことか
筋肉を守るとは、 UPSを無理に抑え込むことではありません。
それは、
- mTORが再びONになる環境を作る
- アミノ酸を供給する
- 回復シグナルを与える
ことで、
「分解 → 合成」 という流れを完結させること
です。
まとめ
筋肉が削られるとき、 それは偶然でも罰でもありません。
判断 → タグ付け → 実行
このプロセスが、 生存優先の環境下で合理的に動いただけです。
断食は、 この実行機構を止める材料を与えないため、 筋分解が進みやすいというだけの話です。
カタボリックとアナボリックを制御機構から理解する整理表
| 視点 | カタボリック(分解優位) | アナボリック(合成優位) |
|---|---|---|
| 上位シグナル | AMPK 活性化 | mTOR 活性化 |
| エネルギー状態 | 不足・危機 | 十分・余剰 |
| 主な目的 | 生存・資源回収 | 成長・修復・蓄積 |
| オートファジー | 活性化 (細胞内構造の分解・再利用) | 抑制 (過剰な分解を防ぐ) |
| ユビキチン–プロテアソーム系 | 分解方向に利用されやすい (筋タンパク質も対象) | 品質管理・更新用途が中心 |
| 筋タンパク質合成 | 抑制 | 促進 |
| 筋タンパク質分解 | 促進 | 抑制 |
| インスリン・栄養シグナル | 低下 | 十分に存在 |
| 時間軸 | 短期なら適応 長期で破壊的 | 維持・成長向き |
| 代表的状態 | 断食・極端なカロリー制限 | 適切な摂食+トレーニング |
| よくある誤解 | 脂肪だけが燃える | 何もしなくても筋肉が増える |

コメント